メルカリが、AI時代にナレッジマネジメントに投資したわけ

こんにちは、メルカリEngineering Officeチームの@thiroiです
この記事は、Mercari Advent Calendar 2025 の13日目の記事です。

はじめに

Engineering Officeは、”Establish a Resilient Engineering Organization.”というミッションを元に、エンジニア組織を横断的に支える役割を担っています。
今日は組織を裏側で支える仕組みの一つとして、「AI時代のナレッジマネジメント」をテーマに書いていきます

TL;DR

  • 組織に情報、ノウハウを蓄積する仕組み、手法をナレッジマネジメントと言います
  • ナレッジマネジメントはAIが存在する前、重要ではあるものの、コストパフォーマンスのバランスを取るのが難しいもので、メルカリでも課題を多く抱えていました
  • AIの台頭により、ナレッジマネジメントの効率化が進んだことに加え、社内ナレッジAIのコンテキスト利用という新しいユースケースが生まれ、コストパフォーマンスが劇的に向上しました
  • メルカリでは、この環境変化の元、AI-Nativeの推進にあたって、ナレッジマネジメントに投資を決定し、いくつかの施策を推進しています

ナレッジマネジメントって何?

ナレッジマネジメントとは、個人の持つ情報、ノウハウを、組織に蓄積、共有する仕組み、手法のことです

例えば、以下のようなことを感じたことはありませんか

  • 過去に似たような障害対応をしたのに、どうやって対応したかがわからない
  • 現在のAPIの仕様がコードを読まないとわからない
  • そもそもなんでこんな設計になったのかわからない
  • ちょっと前に可視化に使ったSQLがわからない

これらの課題に対する解決策は一つではありませんが、ナレッジとして蓄積するということは一つの解決策になります

過去の学びや、情報を蓄積し、引き出せる状態にすることにより、学び直しや、情報の再構築を防ぐことができます。いわゆる「車輪の再発明を防ぐ」、「巨人の肩の上に立つ」をしよう、ということです。ナレッジを会社の資産として正しく蓄積し、後続するメンバーであったり、未来の自分自身がそれを利用できる状態にすることで、生産性を向上できます。これがナレッジマネジメントの目的です

ナレッジマネジメントの課題

現場において、ナレッジマネジメントは非常に難しい課題です。程度の差はあれ、社会人として「この情報が見つからない」といった課題にぶつかったことがない人はいないのではないでしょうか。ナレッジマネジメントの課題の分け方はいくつかありますが、ここでは最もよく見られる4分類を利用します

  • 記録されない(Create)
  • 発見できない(Find)
  • 活用できない(Use)
  • 更新されない(Maintain)

上から順に、詳しく見ていきましょう

1. 「記録されない」

もっともわかりやすく、頻繁に見る課題です
この発生原因は、そもそもナレッジの蓄積をするという習慣がなかったり、記録に対する時間を今取れない、記録のコストが高く感じる、といったものがあります。「後で書く」は私の感覚だと、「コードを後で書き直す」とほぼ同じく、90%以上行われません。書かないとほぼ同義です。特定の時間を取る仕組み(ドキュメントにチームで集中する日をとるなど)がない限りは非常に難しいです

2. 「発見できない」

問い合わせをしたら、「このページを参考にしてね」と言われた経験はありませんか。これは、該当するナレッジ自体は蓄積されているものの、発見ができないという状態です。
ドキュメントの検索性が低い、もしくは情報を調べるという文化、環境がないことが主な原因です。ツール自体の検索性能が低かったり、複数のツールにドキュメントが散らばっている場合によく発生します。

3. 「活用できない」

見つけたものの、それが役に立たない状態です。例えば、書いてある内容がハイコンテキストすぎたり、欲しい情報に対して情報量が多すぎて、読むコストを支払う気になれなかったり、何かしらのクオリティの問題で、読んでもわからないといったことはよく発生します。結果、活用に至らず、担当者に話を聞く、結局ソースコードを見て確認することになり、情報を探したこと自体が徒労に終わります

4. 「更新されない」

ドキュメントは実体に則してアップデートされる必要があります。例えば、プロダクト開発で画面仕様書やAPI仕様書がある場合、最新機能のアップデートに応じて、これらは更新する必要性があるでしょう。

明確なプロセスがあったり、APIを外部に公開しているといった事情がない限り、こういったドキュメントのアップデートを必要な時に行うという習慣をもっている人は非常に少ないです。特にドキュメントのオーナーが会社を去った場合などは、多くの場合、良いドキュメントですら管理されず、廃れていきます。

これはそもそも「ドキュメントやナレッジを資産として、管理対象とする」ということが組織として合意されて、チームが管理する仕事の一部になっていないためです。「更新されない」という問題が発生する際のコストは高くつくことがあります。読み手が問題に気づき、担当者に問い合わせるならまだいい方で、最悪の場合、適説でない情報を元に業務が行われる可能性があるからです。

AI時代以前のナレッジマネジメント

これらの課題があることを踏まえ、ナレッジマネジメントではどのようなことが発生していたのか考えてみます

AI時代以前は、情報が増えるほど整理や検索のコストが膨らみ、「一部の人しか知らない」状態が常態化しやすく、特に会社の規模の拡大や歴史の積み重ねによって情報やナレッジが増えていくと、検索難易度や管理難易度があがりやすい環境でした。
しかしこれらの課題が浮き彫りになっていても、なぜか解決に至らないケースが多く見受けられます。それはコストパフォーマンスの問題が大きかったのだろうと思います。

ナレッジを適切に管理、保管するのは非常にコストがかかりますし、標準的なプロセスを作るためには、現場の自由度を下げる可能性があるというトレードオフも存在します。多大なコストをかけて標準化を進め、コストを一定し払いそれらの課題を解決しても、ツールとしての検索性能がボトルネックになるかもしれません。

これらの環境を踏まえると、ナレッジマネジメントに対してどのくらいの投資が適切であるかという判断は難しく、どこまでコストをかけて、どこまでの標準化やメンテナンスを行うのかは、慎重に意思決定をする必要がありました

メルカリでも、情報が複数のツールに分散し、管理されていないナレッジも多く存在しています。結果、最初にあげた4つの問題がかなり発生している状態で、社内のEngineer向けのSurveyでも、常にナレッジマネジメントは課題のTop3に入っています

さらに、メルカリグループの大きな特徴として、メルペイ、メルコインをはじめとする金融関連のプロダクトを保有しているという点があげられます。これらは厳格なプロセス、ドキュメンテーションが求められるドメインです。一方マーケットプレイスであるメルカリアプリ自体は、そこまで細かい管理は必要とされません。また、新規事業立ち上げもあるため、これら全てを横断した細かいプロセスで縛る場合、最も厳しいところに合わせる必要があり、それにはデメリットが少なからず伴う上、メルカリの自由度が高い風土とはマッチしづらく、課題は認識しつつも、課題解決には慎重になっていたという現状がありました

AIはこの環境においてまさにゲームチェンジャーとして現れました

AIがナレッジマネジメントにもたらしたもの

AIがまずもたらした変革は、ドキュメンテーションの既存業務の圧倒的な生産性向上です。例えば以下のようなものは明確に、様々な課題を低減してくれました。既に多くのエンジニアが体験しているのではないでしょうか

  • 議事録を自動で作成してくれる(「記録されない」課題を低減)
  • 概要を知りたい場合、全文を読まずとも、長い文章の要約をしてくれる(「活用できない」課題を低減)
  • 検索性が圧倒的に向上し、必要な情報にリーチしやすく(「発見できない」課題を低減)
  • 既存のコードから仕様の言語化を実行してくれる(「記録されない」課題を低減)
  • 最新の議論を元に、Product Requirement Documentation (PRD)のアップデートが必要な箇所を見つける(「更新されない」課題を低減)

これらの利便性の向上はまだしばらく続くでしょう。ナレッジマネジメントツールのAI特化の機能開発により、AIの恩恵をより幅広いユースケースで受けられるようになるはずです

二つめの変革は、ナレッジ自体の価値があがったということです。ナレッジが人が読むものだけでなく、AIがコンテキストとして使うものになったからです。新しい、非常に大きなナレッジ活用のユースケースが生まれたと言い換えても良いでしょう

AIは学習元となっている情報、コンテキストに依存します。そのため、仮に会社特有の開発のお作法や、ドメインナレッジがある場合、それをコンテキストとして正しく注入しない限り、それらは考慮されません。「会社のやり方や、ドメイン特有の内容を考慮したいい感じ」のアウトプットが欲しいわけで、そのためにはコンテキストとして、社内のナレッジをきちんと管理し、それがAIに届く状態にする必要があります

総合すると、AIは

  • ナレッジマネジメントを正しく行うコストを劇的に下げて
  • ナレッジマネジメントのアウトプットの価値をあげた
    といえます

大事なことなので、別の表現で言います
非常にコストがかかって、まぁまぁな価値を出していたナレッジマネジメントは、AI時代において、コストがそこまでかからず、めちゃくちゃ大きな価値を生む業務になったのです

つまり、ナレッジマネジメントは、AI時代において、コスとパフォーマンスが爆発的にあがったのです

メルカリにおけるナレッジマネジメント戦略

メルカリでは、これらの背景を元に、ナレッジマネジメントをAI-Native時代において、重点的に投資すべき領域として定めています。
その中で推進していることがいくつかありますが、そのうち大きなものを3つほど紹介します

1. 全社員共通のAI ReadyなCentral Knowledge Baseの構築

まず一つめは、AIとの相性が良く、AIに特化した機能開発が盛んなKnowledge Baseを一つ選定し、そこにナレッジを集約することです。ここで言うKnowledge Baseとは、いわゆる社内Wikiで、社内における情報を集約するためのツールを指します
メルカリでは、複数のツールを必要に応じて許容しつつも、特段の理由がなければ、全てCentral Knowledge Baseに集める、という方向性を現在進めています。なぜ一つのツール、Central Knowledge Baseに舵を切ったかというと、以下のようなメリットがあるためです

  • AIの接続のためのコストを減らせる(ツールが増えるとセキュリティ、運用構築、それらの動作テストなどかなりコストがかかります)
  • AI機能含め、ナレッジベースツールに対する習熟度を会社全体としてあげやすい
  • メタデータを統一できる(メタデータが異なる=検索ロジックの複雑性や、管理の標準化の難易度があがる。メトリクスも統一しづらい。)

この方向性を元に、現在、メルカリはNotionをCentral Knowledge Baseとして位置付け、ナレッジの中央管理型への移行を進めています。本記事の主旨と離れるので、細かくは記載しませんが、ツール選定に関しては、フロー情報(議事録など、メンテしない情報)とストック情報の両方に強いという点や、AIとの親和性の高さが大きなポイントでした

2. ドキュメントをオープンにする文化の推進

せっかく情報が蓄積され、検索性があがっても、それらがAIや、社員がリーチできる状態でないと意味がありません。メルカリでは、良くも悪くも最低限のアクセス権限を付与する文化が多かれ少なかれあり、そもそも知りたい情報へのアクセス権限がないということがあったのです。例として、重要な意思決定に関するミーティングは基本的に参加者以外は見れないという状態でした

そのため、現在はドキュメントを出来るだけオープンな場所におくための文化作りや仕組み作りをしており、重要な意思決定に関しても、公開範囲の明確化、拡大を推進しています

もちろんこれは、同時に秘匿性の高い情報の適切な管理が大事になってくるため、 Personally Identifiable Information (PII、いわゆる個人情報)を含む情報などに関しては、管理方法の厳格化、プロセス化を併せて推進しています

3. ナレッジ蓄積文化の推進

そもそも、ナレッジを蓄積する文化というのは一朝一夕でできるものではありません。なぜそれが今重要なのか、そしてどのように蓄積すべきか、ということを繰り返し発信、推進しています

メルカリ内でも、ナレッジ蓄積する文化が元々あるという部署もあれば、ナレッジ蓄積自体がそもそもほとんど行われていない部署もあり、温度感はかなりまちまちです
そのため各組織から一緒に推進してもらうメンバーをアサインしてもらい、現場の温度感に合わせた組織ごとにカスタマイズされたオンボーディングの実行をしたり、新入社員向けのオンボーディングコンテンツにナレッジマネジメントを追加したりといったことをしています

今後の展望

現状では、AIによる検索性の向上、ドキュメンテーション作成の補助などの恩恵は既に得られているものの、メルカリにおいて、AI-Nativeなナレッジマネジメント環境の整備は、まだまだ推進初期の段階です。課題は盛りだくさん。しかも移行によって、新たに解決すべき課題も発生しており、まだまだ最善の状態までは行き着いていません

とはいえ、AI-Nativeな環境を作るにおいて、ナレッジマネジメントへの投資は必須だと考えています。このナレッジマネジメントの推進は、単なるナレッジ関連業務の効率化に留まらず、AIを最大限に活かすための土台作りだからです。今回は我々が今取り組んでいるもののベースとなっている考え方、目指している方向について記事にしましたが、来年の今頃には、もう少し結果や、そこからの学びなどを記事にできればと思います。ここまで読んでくださってありがとうございます。

明日の記事は@yanapさんです。引き続きお楽しみください。

  • X
  • Facebook
  • linkedin
  • このエントリーをはてなブックマークに追加