こんにちは。メルペイ Manager of Managers の @abcdefuji です。
この記事は、Merpay & Mercoin Advent Calendar 2025 の14日目の記事です。
アドベントカレンダー内のn8nの連載企画の最終日です。
本記事では、メルカリにおける n8n Enterprise 導入の PoC(Proof of Concept)をどのように成功させたか を紹介します。
近年、生成 AI の爆発的な普及により、企業内には日々膨大な AI ツールが流れ込んでいます。コード生成、文章要約、データ連携、AI エージェント、自動化、その他毎日どこかで新しいツールが誕生し利用されている状態 です。
この状況が生む課題はシンプルであり、深刻です。
- PoC ツールが乱立する
- 情報アップデートに追いつけず、すべてを触り切る余裕がない
- PoC を始めても Adoption(定着)が進まない
- 評価するチームも、本業と並行では十分にリソースを割けない
こうした課題は、多くの企業で共通しているはずです。
メルカリでもn8n の PoC は、このような“AIツールが溢れすぎる時代”の中で始まりました。
その中で、どのように導入まで至ったのか。
最初に結論を言うと
n8n PoC の成功に必要だったのは、技術そのものではなく、“組織として AI をどう扱い、どう広げていくかを PoC で学んでいく姿勢” でした。
これは、ツールの良し悪しを評価する PoC ではなく、 “AIツールを組織に根づかせる方法を見つけるための PoC” だったのだと思います。
1. PoC を始める前に見えていた背景
メルカリでは、社内から100名を越えるメンバーが選出された横断組織「AI Task Force」 によって 約4,000の業務プロセスが可視化されています。
その多くは AI や自動化によって効率化できる余地がありました。
AI Task Forceの詳細は下記の記事をご確認ください。
メルカリが本気で始めた「AI-Native」化。100名規模のタスクフォースが立ち上がるまで
「AI Task Force」で変化を加速する。CTO @kimurasが描くメルカリの成長戦略
しかし現場には次のような課題があり、どの組織でも PoC が途中で止まってしまう理由にもなっています。
- 部署によって使うツールがまったく違う
- 非エンジニアが参加しづらい
- セキュリティ観点の懸念が大きい
- PoC の担当者には本業があり、専念できない
このままでは自動化が前に進みません。
そこで私たちは、組織全体の“共通基盤”となる自動化プラットフォームとして、n8n の PoC を開始しました。
2. PoC が始まってすぐに見えてきた“勢い”
n8n を試した初期段階から、複数チームで自然にワークフローが作られはじめました。
気づくと次のような利用データが観測されていました

| metrics | value |
|---|---|
| 週あたりの実行数 | 約 13,000 回 |
| 月あたりの実行数 | 約 40,000 回 |
PoC の段階にも関わらず、すでに “実務の中に入り始めている” という手応えがありました。
ただし、数字だけで PoC がうまくいったわけではありません。
ここからは、どのように PoC を設計し、実行したか の話になります。
3. PoC の最初の一歩は「とにかく触ること」
PoC の企画書を書くよりも先にやったことは、ただひたすら n8n を触る ことでした。
- UI の特徴
- JSON 構造がどう見えるか
- どこまで柔軟に作れるか
- LLM との相性
- 非エンジニアがつまずきそうなポイント
これらは、仕様を読むだけでは分かりません。
自分で触ってみて初めて、ツールが“どう現場にハマるか”が見えてきます。
PoC 担当者が誰よりも詳しくなることで、現場と同じ目線で話せるようになります。
これが後の推進力につながりました。
4. n8n PoC は“やる気のある仲間探し”でもあった
実際に PoC を動かし始めて感じたのは、PoC の成否はツールよりも人で決まる ということでした。
今回のコアメンバーは以下の通りです:
- abcdefuji(Backend Manager):PoC 推進、ユースケース伴走 (当ブログ)
- hi120ki(AI Security):脅威モデル、ガードレール設計
- shuuk(AI Task Force):全社プロセスとAdoptionの橋渡し
- ISSA(Director):DevEx の視点での全体整理
- mewuto(Backend Eng):静的解析 CLI(DAG / AST)
- T(SRE):Enterprise 構成、Enginerringの全て
全員、本業がありながら隙間時間で参加していました。 にもかかわらず PoC が成立したのは、全員に共通して「これはメルカリ全体にとって価値がある」という強い思いがあったからです。
PoC は仲間が多いほど強くなります。 そして熱量は伝播します。 n8n の PoC はまさにその象徴でした。
5. 小さな成功を一緒につくる:ユースケース伴走
PoC を成功に導くためには、早い段階で小さな成功を複数つくること が重要です。
n8n の PoC では、Marketing・QA・SRE・監査・HR などのチームに伴走し、次のような改善が生まれました:
| 部署 | ユースケース | 効果 |
|---|---|---|
| Marketing | KPI チェックの自動化 | 月 500 分削減 |
| QA | リリース作業の自動化 | 90 分/週 → 0 分 |
| Eng | AI Agent 開発工数削減 | 2 週間 → 2〜3 日 |
| Audit | 情報集約の効率化 | 属人性を大幅に改善 |
ここで重要なのは、PoC チームが「代わりに作ってあげる」のではなく、 一緒にワークフローを作り、一緒に成功する という姿勢でした。利用者がわからない時にサポートを行う。これは Adoption を加速する最も強力な手法です。
6. セキュリティとガバナンス:PoC で課題が出るほど良い
n8n は自由度が高い分、いくつかのリスクもあります。
PoC のなかで実際に以下のような問題が見つかりました:
- credential の誤設定
- HTTP Node での不正なアクセス
- 権限混同によるリスク
- Code Node 内の危険な処理
しかし、これはむしろ好材料です。
PoC は問題を見つけるための場所 です。ここで検知できれば、本番導入では安全に運用できます。
PoC 中に次の仕組みを整備しました:
- External Hook による保存前チェック
- 静的解析 CLI(JSON / DAG / AST)
- SSO(Okta)
- Task Runner によるコード実行の隔離
- ガイドライン・テンプレート
こうして、導入時に必要な安全性が PoC のなかで自然と整っていきました。
詳細はこちら
- Making n8n Enterprise-Ready: 企業向けn8nの導入と運用の取り組み | メルカリエンジニアリング
- n8nの静的解析CLIツールをOSS化 – JSON解析とDAGで実現するセキュリティチェックの自動化 | メルカリエンジニアリング
- 理想の Workflow Platform という“聖杯”に、n8n でついに手が届くかもしれない | メルカリエンジニアリング
7. 「ROI は罠」 ── 短期回収で PoC を評価してはいけない
PoC ではよく ROI が議論されますが、短期回収だけで判断すると誤った評価になりがちです。
AI や自動化は 「導入しない」 という選択肢のほうが損をする 世界に入っています。
参考: “BoldなAI活用”から1年。人間の限界を超えていく、メルカリの「AI-Native」な現在地
そのため私たちは、次のような前提で PoC を進めました:導入するかどうか、ではなく、どう導入すれば成功するかだけを議論する。
数字の比較は必要ですが、まず見るべきは “成果ベースの数字” です。
- 再現性のある成功事例がどれだけあるか
- 非エンジニアでも価値を出せているか
- エラー削減、工数削減の実績
- 全社展開できる安全性があるか
これらが確認できて初めて、年間コストや ROI 試算の意味が出てきます。
また、n8nにはEstimated time saved機能があります。
1 workflow毎にどの程度時間を削減できたかの見積もりを設定する機能です。

設定後、以下のようにDashboardから各Workflowで設定された削減時間を確認することができます。

中長期的にはこのようにn8nの効果測定をすることも可能です。
8. Adoption戦略:広げるには“雰囲気”も必要
PoC の後半では、次のような活動をして Adoption を広げていきました。
- All Hands や社内勉強会で紹介
- Slack チャンネルで成功事例を共有
- 非エンジニア向けテンプレートの提供
- 質問にはすぐ返す文化づくり
気づけば、周囲の人たちが 「ちょっと n8n 触ってみるね」 と自然に言うようになっていました。
ツールが広がるには“雰囲気づくり”もとても大事です。
9. PoC を成功に導く“再現可能な型”
最後に、今回の PoC から得られた成功パターンをまとめます。
- まず自分が一番触る
- 効率より熱量のある仲間を見つける
- 小さな成功を早くつくる
- PoC 中に課題を見つけ、仕組みとして解決する
- ROI よりも成果ベースの数字を見る
- テンプレート・ガードレールで安全に広げる
- Adoption を広げる雰囲気をつくる
- PoC担当者の覚悟
これらは n8n に限らず、AI ツール全般の導入で応用できる考え方です。
PoC担当者には”覚悟”が必要です。達成するべきVisionを信じきる覚悟です。自身がなぜ必要・有効なのかのロジックを持ち、そしてそれを信じて突き進んでください。
おわりに
n8n PoC を振り返ると、成功を分けたのは技術だけではありませんでした。
本業の合間に動きながら、皆でアイデアを出し合い、問題を潰し、成功を積み重ねていく。
その“姿勢”そのものが PoC の最大の価値であり、組織が AI を受け入れる力につながりました。
PoC はツールのテストではなく、組織が AI をどう扱うかを学ぶフェーズ です。
これからも改善を続けながら、AI-Native な組織を目指して進んでいきます。
またどこかでメルカリがどのようなworkflowを構築し活用しているのか紹介できたらと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました。
明日の記事は Timoさんです。引き続きお楽しみください。
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