こんにちわ。AI Task Force の @ISSA です。
この記事は、Merpay & Mercoin Advent Calendar 2025 の11日目の記事です。
概要
ワークフローや業務自動化のツールは以前から数多く存在していますが、 Zapier や Make のようなノーコード・ローコードツール、Workato のようにエンタープライズ寄りの iPaaS、そして MuleSoft、Talend、Informatica といった本格的な統合基盤まで、選択肢は幅広く揃っています。
しかし、ノーコード・ローコードツールは構築スピードが速い一方で複雑なロジックや AI 活用には限界があり、エンタープライズ向け ETL は強力である反面、開発・運用コストが大きくスピードを求める現場では扱いづらい側面があります。
さらに AWS / GCP / Azure が提供する workflow engine は強力である一方で、業務部門とエンジニアが同じ環境で協働するにはハードルが高いという課題もあります。
コーポレート IT ではノーコード・ローコードツールを活用して業務を最適化し、プロダクト開発ではフルコードで機能を磨き込む——そんな二つの世界を行き来する中で私は気づいたことがあります。
それは、「スピード」「柔軟性」「協働しやすさ」を同時に満たす基盤なしに、モダンな業務自動化は成り立たないということです。
こうした要件から、今回私たちはn8nを業務自動化基盤として導入しました。
n8nとは、ノーコード・ローコードで多様なアプリやサービスを連携させ、業務プロセスを自動化できるオープンソースのワークフロー自動化ツールです。
GUI とコードのバランス、イベント駆動とバッチ処理の両立、LLM との自然な統合など、現代の Developer Experience に求められる要素が揃っていたからです。本記事では、n8n を導入する上で Developer Experience がどのような観点で重要だったのか、その点を中心にお話しします。
背景
私はこれまで、常に “業務と開発のあいだ” に身を置いてきました。
B2B SaaS のソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートした後、事業会社の SE として業務システム導入とサービス開発の双方に携わりました。
Salesforce を中心とする PaaS 上でのアプリ構築や ETL / iPaaS ツールの導入を経験し、ノーコード・ローコードツールによる業務システム開発の世界を本格的に知ったのもこの頃です。
前職 では、Salesforce Platform(PaaS)上での 数十万行規模の SaaS プロダクト開発 を担当しました。その中で Salesforce DX(現 Salesforce CLI)に出会い、手作業による設定移行(いわゆるチェンジセット中心の開発)から脱却し、ソース主導の開発・バージョン管理・CI/CD といった “あるべき開発者体験” を強烈に実感しました。PaaS でありながらフルコードのように扱える世界が存在する——そんな手応えを得た転機でした。
現在はメルカリの IT 部門で、業務プロセス、SaaS、プロダクト開発が交差する環境の中、さまざまなシステムの開発・導入を担当しています。ノーコードとフルコード、業務と開発の双方を理解する立場として、「組織としてどのような Developer Experience を設計すべきか」を考え続けています。こうした背景から、長年追い求めてきたワークフロー基盤の“聖杯”とも言える理想像に最も近い存在として、n8n にたどり着きました。なぜ n8n が“聖杯に近い”と感じたのか
多くのツールを触ってきましたが、それぞれ強みと弱みがあり、業務と開発の双方が求める要件を“ちょうどよく”満たすものにはなかなか出会えませんでした。
n8n に触れたときに感じたのは、ノーコード・ローコードツールでありながら、ソフトウェア開発の当たり前をそのまま再現できるという稀有さです。これは単なる便利ツールではなく、業務オペレーションとプロダクト開発が協働できる “基盤” になり得るという感覚に近いものでした。ここからは、私が特に評価した n8n の Developer Experience の 3 つの特徴を紹介します。
1. 安全な開発とデプロイを支える環境分離
n8n の一つ目の特徴は、ノーコード・ローコードツールでありながら、開発(dev)と本番(prod)の環境分離を前提としている 点です。多くのツールでは、ワークフローの編集と本番実行が同じ環境で行われるため、「本番が壊れるのでは?」という不安が常につきまといます。n8n では、dev・stg・prod のように 明確に独立した環境を持てる ため、業務に影響を与えずに新しいワークフローを試し、改善することができます。環境ごとに設定や変数も独立しており、たとえば開発用の API キーやテストデータを安心して利用できます。このように、prod と dev を安全に分離して扱えること自体が、業務自動化基盤として非常に大きな価値 です。
2. 変更管理と協働を支える Source Control(GitOps)
環境分離が「どこで安全に実行するか」を決める仕組みだとすれば、
Source Control は “何をどの状態で管理し、どう協働するか” を担う仕組みです。
n8n の Source Control は単なる Git 連携ではなく、
ワークフローを JSON として push/pull し、その時点の状態を正確に再現できる GitOps 基盤になっています。これにより、変更履歴の可視化、ロールバック、環境間の同期など、ソフトウェア開発で一般的なプロセスを低コード環境にも適用できます。PR レビュー自体は GitHub/GitLab 側で行いますが、ワークフローの更新を Git に集約することで、ノーコード・ローコードツールでは珍しいレベルの協働性と透明性を実現します。n8n が提供するこの GitOps 体験こそ、複数人で安全にワークフローを進化させるための大きな強みです。
3. Infra as Code を可能にする JSON ベースの構造
n8n のワークフローはすべて JSON で定義されています。これにより、CLI や API を使った自動デプロイ、CI/CD への統合が容易になり、ワークフローをコードと同じプロセスで管理できる 点が大きな特徴です。一般的なノーコードツールは UI 操作に依存するため、変更の再現性やテスト、自動化が難しいという課題があります。一方 n8n はワークフローそのものが構造化データとして扱えるため、
IaC と同様にバージョン管理・レビュー・自動デプロイを実現できます。
これにより、ワークフローは“便利なツール”の域を超え、組織全体の運用基盤として耐えうる堅牢さと拡張性を備えるようになります。
ノンエンジニアにとっての課題と、組織としての解決策
ここまで主に Developer Experience の観点から n8n を紹介してきましたが、一方で「ノーコード・ローコードだから誰でも簡単に使える」というわかりやすいストーリーだけでは語れない側面も存在します。特に、業務部門のメンバーを含む ノンエンジニアが n8nを扱う際の難易度は、正直に向き合うべきテーマだと考えています。
なぜノンエンジニアにとって難しいのか
n8n は柔軟な分、ワークフロー構築時に求められる選択肢が多く、設定項目も細かいのが特徴です。たとえば以下のようなポイントは、非エンジニアにとって大きなハードルになります。
HTTP ノードの設定
どのエンドポイントに、どの HTTP メソッドで、どの認証方式を使うのか。API の仕様理解そのものが前提となります。
認証情報・スコープ管理
API キーをどこに保持するか、どの権限が必要か、最小権限設計が適切かなど、IAM の基礎知識が求められます。
MCP(Model Context Protocol)の拡張
MCP に独自の機能を追加する際、どのように設定し、どの認証情報を与えるか。これはもはやアプリケーションアーキテクチャの理解が必要です。
コードノード(Python / JavaScript)の存在
柔軟性が高い一方で、自由度を活かそうとするとコーディング能力そのものが要求されます。
このように、n8n の“できることの広さ”は魅力である一方、ノンエンジニアにとっては 情報リテラシーの要求水準が決して低くない、という現実があります。
メルカリのスケールで展開するために実施した3つのソリューション
こうした課題に対して、私たちは「個々のスキル差に依存しない、安全で再現性のある運用」を実現するために、3 つの仕組みを導入しました。
1.セキュリティガードレールの整備
詳細は別の記事で紹介されますが、n8n の柔軟性ゆえに発生し得るリスク(権限の混同、過剰な API 権限、危険な分岐など)を自動検出するため、静的解析・DAG 解析を組み合わせた独自ツールを構築しました。これにより、セキュリティレビュー工数を大幅に削減し、安全性を担保しています。
2.MCP による自然言語開発体験の導入
メルカリでは、MCP は「会社として認可されたもののみ使用可能」というルールがありますが、n8n においては一般公開されている OSS の MCPを利用可能にすることで、個々人が自然言語を使ってワークフロー構築をサポートできるようにしました。これにより、ノンエンジニアでも“どこから手を付ければよいか分からない”という状況を減らし、最初の一歩を踏み出しやすい環境が整備されています。
3.社内レビュー体制と Slackbot による補助
n8n ワークフローは、社内のレビュー体制によって品質・セキュリティが担保されています。さらに、Slackbot がレビューや申請のフローを補助することで、 レビュー依頼 → 自動チェック → 承認までをスムーズに進められるようになっています。
この仕組みによって、ノンエンジニアが構築したワークフローでも安心して本番運用できる環境が整いました。
まとめ
n8n がもたらす価値は、ワークフロー自動化を“業務ツール”ではなく“技術基盤”として扱えるようにする点にあります。環境の分離、変更管理の明確さ、そしてコードと同等の扱いやすさ。これらが組み合わさることで、業務自動化が持続的に改善できるプロセスへと変わります。
一方で、導入には学習コストがかかったり、PR レビュー機能が組み込まれていないなど、改善の余地も存在します。それでも、ワークフローをエンジニアリングの文脈で扱えるツールは多くなく、n8n はその中でも際立った選択肢だと感じています。
今回の記事では Developer Experience に焦点を当てましたが、n8n には他にもセキュリティ、拡張性、運用性など、多くの語るべきポイントがあります。
今後、シリーズとしてさまざまな視点から n8n の実像を紹介していく予定です。
明日の記事は Tさんによる、「Making n8n Enterprise-Ready: 企業向けn8nの導入と運用の取り組み」です。お楽しみください。
n8n.io logo source: https://n8n.io/brandguidelines/




