ナレッジマネジメントへの挑戦

はじめに

こんにちは。メルカリEngineering Officeの@ravenです。
この記事は、Mercari Advent Calendar 2024 の14日目の記事です。

Engineering Officeはエンジニアリング領域における組織横断課題の解決に取り組んでいる部署です。エンジニアリング組織に対するナレッジマネジメントの改善も私たちの担当領域となります。

私は2024年4月にメルカリに入社しましたが、入社当初からメルカリでのナレッジの探しにくさを感じ、他の同僚に資料や情報の場所を聞いたりしながら必要な情報を探していました。実際に他部署のナレッジがどこにあり、どうやって調べて良いかもわからない状況でした。

そんな中、年次で行なっている全組織のエンジニアへのアンケートにおいて、最も満足度が低い領域の1位に輝いたのが社内のナレッジに関するものでした。アンケート結果に納得している私のもとに、幸運にもナレッジマネジメントの改善プロジェクトのアサイン依頼がやってきたのでした。

この記事に書かれている内容

この記事では、道半ばではありますが、私たちのチームがエンジニアのナレッジマネジメントに対する満足度を向上させるべくプロジェクトとして取り組んでいる内容を以下の2つのポイントで紹介したいと思います。

・エンジニアが抱える課題に対してどのようなアプローチをとったのか?
・どのように組織横断でプロジェクトを推進したのか?

自社で同じようなナレッジに関する課題を抱えている方に、少しでも参考になれば幸いです。

エンジニアたちのナレッジに対する不満

ナレッジマネジメントを改善すると一言で言っても、簡単ではありません。これまで培ってきたドキュメンテーション文化の変更を、エンジニアに対してお願いする必要があります。単一の組織ですら改善が大変そうな取り組みですが、私たちの部署の担当範囲は、単一の事業部からインドを含む日本リージョンの全てのエンジニアリング組織へと大幅に拡大されたばかりでした。まさに組織横断課題の解決という、私たちの部署のミッションにぴったりの仕事です。そのため、このナレッジマネジメントプロジェクトは、私たちのミッションである「組織横断課題の解決」の真骨頂と言えるような、壮大な取り組みとなりました。

何はともあれ、まずはエンジニアたちがアンケートで回答したナレッジに関する不満の内容を分析することから始めました。エンジニアたちの大きな不満は主に以下のような内容でした。

  • ナレッジが複数のプラットフォームに分散しているので検索性や発見性が低い
  • ナレッジプラットフォームが多いが、各組織が独自のルールでナレッジを構築しているのでナレッジが集中化および整理されていない
  • ドキュメントが標準化されておらず、同じ資料でも記載内容や書きぶりが組織によって異なる
  • ナレッジのメンテナンスがされておらず、重複や古い情報が多い
  • ナレッジマネジメントに関するトレーニングやガイドラインなどが提供されていない
  • 英語と日本語の資料が存在するが、言語の壁で情報共有がスムーズにできない

これらのエンジニアからの不満は、他の会社でも共通する部分が多いのではないでしょうか?
ナレッジマネジメントが適切に行われていないことで、私たちが失っているものは想像以上に多く、それは会社にとってもエンジニア達にとっても大きな損失となります。

欲しいナレッジが見つからず苦悩するエンジニア達

私たちのエンジニアがストレスなく、言語の壁と組織の壁を超えて情報を共有したり取得したりできる。そんな世界観を目指してプロジェクトはスタートしました。

それぞれの課題にどうアプローチしていくのか?

エンジニアからの課題をまとめると、以下のような課題を解決する必要がありそうでした。

  • 複数のプラットフォームにナレッジが分散している
  • ナレッジに対するルールがなくナレッジが整理されていない
  • 上記の2つの課題により検索性や発見性が低い
  • 言語の壁があり情報共有が進まない
  • ドキュメントの標準化がされていない
  • ナレッジが適切にメンテナンスされていない
  • ナレッジに関するガイドラインやトレーニングが存在しない

それぞれの課題に対する私たちのアプローチをご紹介します。

課題:複数のナレッジプラットフォームにナレッジが分散している

私たちがドキュメントを作成するツールは大まかに分類すると、以下となります。

  • Confluence
  • Google Docs / Slide
  • GitHub (ナレッジをまとめてWebページとして公開)

どこにナレッジを集めるのか?という課題に対し、保有している既存資産からナレッジプラットフォームの選定を行うにあたり賛否両論がありました。ドラスティックなアプローチをとって、Confluenceのみにする、他のプラットフォームは利用させない等。しかし、プラットフォームの選定において製品を比較していくと、それぞれの製品に良さがあります。

プロダクト プロダクトの良い部分
Confluence 直感的なページ作成、ナレッジやナレッジの領域管理が容易
GitHub バージョン管理、レビューや承認機能などが充実
Google Workspace 様々なコラボレーションツールとシームレスに連携

色々と検討を重ねた結果、私たちは以下の方針でナレッジプラットフォームの構築を行うことにしました。

「Confluenceをナレッジプラットフォームの中心として、Confluenceに不足している機能を他のプラットフォームで補完する」

Confluenceを中心としたRAGを含む柔軟なナレッジプラットフォーム

課題:ナレッジに対するルールがなくナレッジが整理されていない

ナレッジプラットフォームはそれぞれのツールの良さを活かすため、柔軟性を持たせる設計としましたが、複数のツールを認めたからといって、情報をそのまま多くのツールに分散したままにしないよう、私たちはConfluence上で各組織ごとのナレッジ領域と、組織内の全てのチームのナレッジを実際に格納する専用のページを人事情報から自動作成する事にしました。各チームが持つコミュニケーションチャネルや、GitHubリポジトリ、設計書などの情報を標準化されたチームごとのテンプレートに情報を記載してもらうことで、まずは各組織のチームが保有している社内で共有する価値がある情報を、組織横断で同じテンプレートを利用してConfluenceへナレッジを集めることとしました。

なぜチームという組織カットのアプローチにしたのかというと、現在の組織構造と指揮命令系統を考慮し、ガバナンスを効かせたりプロジェクトの推進がしやすいというのが主な理由です。他の案としてはプロダクト単位、技術ドメイン単位という案もありましたが、まずナレッジマネジメントの改善の一歩を踏み出すにあたり、ナレッジにおける責任範囲を明確にした上でプロジェクトを推進するためには、このアプローチが最適と判断しました。

また、組織横断でチームごとに同じ粒度で情報を整理するこの取り組みは、お互いの組織の情報や保有するナレッジを相互理解するためにも重要な目的を持っていました。個人的な印象としては、地図のない世界にようやく手書きの粒度の粗い地図ができ、組織横断での見通しが良くなったと感じています。

会社として有益な情報はConfluenceにリンクしナレッジを集約する

課題:検索性や発見性が低い

Confluenceに情報をリンクして、ある程度までは各組織が保有しているナレッジに対して導線ができて辿り着ける状態にはなりましたが、所詮リンクを張っただけでは検索性が劇的に向上するわけではありません。

前述したナレッジプラットフォームの図にもConfluence から伸びる矢印にLLM+RAGと記載されていましたが、私達はプロジェクト開始当初からLLM(Large Language Model)チームと連携し、Confluenceの情報をRAG(Retreval Augmented Generation)のソリューションを利用してエンジニアに関連するナレッジを検索できないかを検討していました。すでにLLMチームではGitHubなどの主要なエンジニアリングに関連する情報をRAGに取り込んでいたので、さらにConfluenceに組織横断で集めた情報からエンジニアに役立つ情報をRAGに取り込み、社内のLLMシステムからConfluenceに取り込んだナレッジを提供することにしました。

ナレッジマネジメントにRAGを導入することで言語の障壁を下げる

課題:言語の壁があり情報共有が進まない

日本語のドキュメントは日本語が苦手なエンジニアは読まない。英語のドキュメントは英語が苦手なエンジニアは読まない。当然と言えば当然ですが、ナレッジマネジメントではエンジニア間でナレッジをスムーズに共有できるように、言語の壁を取り除くことが重要です。
しかし、全てのドキュメントに日英のドキュメントを2種類用意するのはリソース面でも難しいですし、Confluenceの翻訳プラグインは翻訳量に応じた従量課金なので、Confluenceをナレッジマネジメントの中心とすることでコスト面のインパクトも気になります。

幸いなことに、私達はLLM+RAGというソリューションが既にあるため、日本語と英語で共有されるべきナレッジの言語の課題はLLM+RAGのソリューションで解決することとしました。英語で書かれているドキュメントの内容も、LLMのシステム上で日本語で質問すると日本語で回答が返ってくるので、ドキュメントにおける言語のバラツキが多い環境下においてもスムーズなナレッジの共有と、今まで閲覧することのなかった新たなナレッジの発見に貢献しそうです。

課題:ドキュメントの標準化がされていない

今まではほとんどのケースにおいて、各組織ごとに独自の標準化されたテンプレートを利用していました。さらに複雑な場合には、各組織の中でも複数のテンプレートが存在するという状況でした。
標準化されたドキュメントのテンプレートを利用することで、情報の粒度が均質化され、誰もが過不足なくドキュメントを作成できるようになり、また、読み手に対してもストレスなく情報を共有することができます。私たちはまずはエンジニアの間で作成頻度が高いドキュメントに対しては、標準化されたテンプレートを利用することを推奨することにしました。

ドキュメントを標準化することのメリット

課題:ナレッジが適切にメンテナンスされていない

ナレッジを常に最新に保つために、私たちはナレッジマネジメントチームがConfluenceに対して実施しているドキュメントの健康診断チェックツールを強化しました。これによりナレッジの情報鮮度や、標準テンプレートの利用状況などのモニタリングと可視化を行い、定期的に点検をエンジニアに依頼することで、ナレッジの維持管理に努めています。

ナレッジのメンテナンスにナレッジの健康診断チェックツールを利用

課題:ナレッジに関するガイドラインとトレーニングが存在しない

ナレッジマネジメントの取り組みをエンジニアに理解してもらうために、私たちは、ドキュメンテーションツールの選択と、ドキュメントの標準化されたテンプレート利用に関するガイドラインをConfluence上で作成しました。ガイドラインは今後さらに拡張していく予定です。

ガイドラインを発行したからといって、全てのエンジニアがガイドラインを熟読し即座にガイドラインに沿った行動を取ってくれるわけではないので、社内のe-Learningシステムにナレッジマネジメントの基本的な考え方と、ガイドラインの内容を学べるトレーニングコースを作成し、必須トレーニングとしてトレーニングを受講してもらい、ガイドラインへの理解とナレッジマネジメントに対する意識改革を推進しています。

ナレッジマネジメントとガイドラインに関するトレーニング資料

また、トレーニング以外においても、エンジニア向けの全体集会にてナレッジマネジメント関連の情報共有や、Open Doorセッションなどを定期的に開催し、ナレッジマネジメントの重要さを理解してもらう活動を行っています。

組織横断プロジェクトの推進

エンジニアが抱える課題に対して、どのようにアプローチするのかが決まっていても、全てをコミットし、デリバリーできなければ、いくら良い施策でも机上の空論で終わってしまいます。

ここでは、組織横断でプロジェクトを推進する際に特に気を付けていたポイントを書いてみます。

  • プロジェクトの設計
  • 可視化
  • KM(Knowledge Management) コミッティーの組成
  • IO(Information Owner)のフォローアップ制度
  • アナウンスと浸透活動

プロジェクトの設計

プロジェクトを推進するにあたり、ナレッジマネジメント改善における取り組みの概要、スケジュール、詳細タスク、リスク分析、ナレッジの浸透計画、トレーニングや、ナレッジのモニタリング計画などを慎重に検討しました。
また、それらの計画や情報などはConfluence上でプロジェクト管理用のページを作成し、プロジェクトメンバーおよび、他の社員にもプロジェクトの取り組みを認知してもらえるように、情報を積極的に公開するように努めました。

可視化

計画や施策などに関しては、視覚的に理解しやすいイメージ図を作成して可視化を行い、プロジェクトのステークホルダーやメンバーが取り組みを理解しやすいように心がけました。会議においても、可視化した取り組みのイメージを活用することで参加者に誤解なく速やかに内容を理解してもらうことができ、組織横断での意思疎通もスムーズに行えました。

KM(Knowledge Management) コミッティーの組成

同じ会社といえども、組織ごとに異なるドキュメントの文化や慣習が存在します。
組織横断でプロジェクトを推進するために、まずは各組織からナレッジマネジメントの代表としてIO(Information Owner)を選出してもらい、KMコミッティーを組成しました。各組織から選出されたIOは20名程度になり、私たちはIOと共に、組織ごとに異なるドキュメンテーションの共有や組織横断としてのドキュメンテーションの方針、ガイドラインの検討やトレーニングコンテンツの検討などを行いました。また、ナレッジを組織のチームごとに集約する際もIOが自分の担当組織のマネージャーに更新を依頼し、トレーニングの受講を促したりと、ナレッジマネジメントの改善を一緒に推進することができました。

ナレッジマネジメントコミッティーのイメージ

IO(Information Owner)のフォローアップ制度

IOはナレッジマネジメントのプロジェクトのみに注力できるわけではなく、基本的には業務が忙しい方達が担当しています。コミッティーに参加できないIOも存在しますので、プロジェクトメンバーであるナレッジマネジメントチームが担当IOを決めて、個別に1on1などを設定し、IOのフォローアップを行うことで、IO間での情報格差を最小限に抑えられました。

アナウンスと浸透活動

いざ、ガイドラインやトレーニングのデリバリーを行ったとしても、実際にエンジニアに届かなければ意味がありません。もちろん周知できるコミュニケーションチャネルにはアナウンスしていますが、すべてのエンジニアに認知してもらい、行動してもらうには、アナウンスだけでは十分ではないのです。私たちは、IOと協力して組織へナレッジマネジメントの活動を落とし込んでもらったり、エンジニアの全体集会やOpen Doorイベントなどでエンジニア向けのナレッジマネジメントの浸透活動を積極的に行いました。

最後に

私たちのエンジニアリング領域におけるナレッジマネジメント改善の挑戦に関する取り組みと、組織横断で推進するプロジェクトのポイントを書かせていただきました。

ナレッジマネジメントの活動は、プロジェクトが完了した後でも、定期的にユーザーからのフィードバックをガイドラインやトレーニングコンテンツに反映、標準化テンプレートの拡張と利用推進、LLMへのナレッジの取込みなどを継続して行う必要があります。私達は今後さらに、メルカリのエンジニアリング領域における持続的なナレッジ文化の向上を目指していきます。

また、エンジニアリング領域におけるナレッジ基盤が確立した後は、プロダクトやビジネスの領域にもナレッジマネジメントの取り組みを拡大し、全社レベルでの活動に取り組みを広げていきたいと考えてます。

この記事を読んでいただいた方に、私たちの経験を通じて少しでも参考になることがあれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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