Merpay & Mercoin Tech Fest 2023 は、事業との関わりから技術への興味を深め、プロダクトやサービスを支えるエンジニアリングを知ることができるお祭りで、2023年8月22日(火)からの3日間、開催しました。セッションでは、事業を支える組織・技術・課題などへの試行錯誤やアプローチを紹介していきました。
この記事は、「Keynote」の書き起こしです。
@kimuras:メルカリFintech領域のCTOを担当しているKimuraです。本日はMerpay & Mercoin Tech Fest 2023をご視聴いただき、誠にありがとうございます。
メルペイが2017年に設立してから、2023年になって決済や与信、クレジットカード、暗号資産など、多くの金融サービスを提供してまいりました。今回は、多くの成功を支えてきた技術をふんだんにまとめ、Merpay & Mercoin Tech Fest 2023を実施することになりました。
また、これら金融サービスを伝える技術的な土台をいかして、これからもFintechサービスを成長させ、「世界をなめらかにする」というミッションを実現していくことを目指し、次世代のFintechサービスを作るためのアイディアやヒントになるような、気づきとなるものをご提供できたら幸いです。
私はKimuraと申します。メルペイ・メルコインのCTOを担当しています。
もともと機械学習領域を担当していましたが、2017年より株式会社メルカリに入社し、研究開発組織R4Dの立ち上げを行い、AIを中心とした幅広い研究領域のリサーチを担当しました。その後、AIと検索エンジン領域のエンジニア組織を設立してDirectorとしてメルカリのAI導入をリードしました。
2022年7月より、社内のプラットフォーム開発を統括するVP of Platform Engineeringを担当し、CTOとして4月から働いています。
まず、メルカリグループのFintech事業を振り返ります。
2023年2月にメルカリグループは10周年を迎え、「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というミッションを新しくしました。
メルペイはフリマアプリ「メルカリ」での売る・買うの取引を通じて信用情報を可視化し、新しい信用の形を生み出して、それに基づいてお金を自由に使える世界を作ることを目指しています。
メルコインはモノ・お金だけではなくて、暗号資産、NFTなど、あらゆる価値をめぐらせて新しい経済を作ることを目指しています。世界中のモノやコト、人には見出されていない価値がたくさんあり、その価値を必要としている人もまた世界中で数多く存在していると思っております。
メルカリグループはテクノロジーの力で世界中の人々をつないで、有形・無形に限らずあらゆる価値が循環するエコシステムを作ることを通じてその人の可能性を広げる存在でありたいと考えています。
メルペイは2019年2月にサービスを開始しました。iD決済・コード決済といった決済領域から始まり、あと払いサービスであるメルペイスマート払いで、与信領域を本格的にスタートさせました。
その後、バーチャルカードやメルペイスマートマネー、メルカリの利用実績等で限度額が決まってアプリで利用と管理が完結できるメルカードをローンチするなど、サービスを拡充しました。
メルカードは提供開始から約半年で発行枚数100万枚を突破して、国内で今トップレベルとなっております。そして2023年3月からメルカリアプリ内でビットコインが売買できるようになりました。この開発を担うのがメルコインとなります。
金融機関からチャージした残高はもちろん、メルカリで不用品を売って得た売上金やポイントを活用して、1円という少額から安心して始めることができます。こちらも提供開始から3ヶ月強で利用者数50万人を突破しています。
これらのように2019年からサービスの提供を開始して、Fintech領域では1,571万人ものお客さまにご利用いただくまでに成長しました。
メルカリグループで構築する「循環型金融」ということで、ここからこれらのサービスを支える技術について触れていきたいなと思います。
多くのサービスを開発し、約1,500万人ものお客さまに金融サービスを提供してきた成長の背景には どのようなものがあるのかをお話しします。
金融サービスはセキュリティ的な要件が非常に高く、技術的には妥協が許されない領域です。
そしてメルペイの特徴でもある「なめらかな社会を実現する」ため、簡単で便利なUIを提供するという攻めの姿勢と、セキュリティを高めるための守りの姿勢は、基本的に相反する関係にあります。
UIを簡易的にすればするほど、セキュリティは甘くなってしまいますし、セキュリティを厳しくすればするほど、簡易なUIを提供することは難しくなってしまいます。
我々はこの攻めと守りのバランスを保つことで、大きな障害を避けつつも便利なUIを提供することでお客さまの支持をいただいてきたと考えています。
攻めと守りを実現するために、人材投資にもバランスを保ってきているのが、我々を支えてきた源泉だと考えています。
大きく組織を説明しますと、メルペイのエンジニア組織は大きく分けて、プロダクト開発をメインで行っているProduct Engineeringと、Foundationやプラットフォームの開発を行っているPlatform Engineeringの二つの組織があります。
メルペイは設立当初から現在までProduct EngineeringとPlatform Engineeringに対して、バランスよく人材投資を続けており、人数はおおむね同じ割合となっております。
なめらかなUI提供をするためにProduct Engineeringは重要ですし、堅牢なFoundation Platformを構築するPlatform Engineeringと同じ割合で投資することで、複雑なシステムであってもSecurityやAvailabilityを担保し続けているという背景があります。
Fintechの成長を支えてきたテクノロジー投資についても説明します。多くのFoundationへの投資の中でも、今回は不正対策、セキュリティ、リアーキテクチャ、独自の与信モデルについてご紹介したいなと思っております。
基本的に不正対策はルールベースのものもありますが、機械学習をメインに活用し、Vertex AI Pipelinesを導入してモデルのトレーニングやデプロイを共通化しています。また特徴量を共有化することによるコスト削減はFeature StoreとしてFEASTを導入しています。これにより保守性担保やコスト削減だけじゃなくて結果としてエンジニアがモデル開発の改善に、より時間を費やすことができるようになり、生産性向上や品質改善にもつながりました。
メルペイの不正対策に活用しているのが、グラフ理論というものです。節点と呼ばれるノードの集合と、辺と呼ばれるリンクの集合で構成されるグラフに関する数学の理論を活用しています。メルカリ・メルペイには非常に多種多様なデータがあります。お客さまのアカウントの情報や出品、決済、購入といった情報をグラフとして表現し、類似度を計算するといったことができます。
【書き起こし】グラフ理論と不正対策 つながりをデータから解き明かしたい – hmj 【Merpay Tech Fest 2022】
不正対策・不正検知については、今年もセッションを用意していますので別セッションで詳細をご覧ください。
【書き起こし】メルカリのカスタマージャーニーにおける不正防止の取り組み – codechaitu【Merpay & Mercoin Tech Fest 2023】
【書き起こし】発生可能な取引の属性データを用いた素早い不正検知 – Liu / Li【Merpay & Mercoin Tech Fest 2023】
続いて、セキュリティについてです。セキュリティでは3DセキュアやFIDO、パスキーの導入を行ってきました。
3Dセキュアの導入は不正利用を未然に防ぐための対策です。2021年12月に比べて、不正利用数は10分の1まで抑えることができました。図は1年前の状態を示しています。直近でもこの低水準の状態を継続できています。
本件に関しても、去年のセッションやブログで紹介しています。今年も進化した部分であると、2022年11月に、FIDOアライアンスに加盟して、メルカリの各種サービスにFIDO認証の実装を進めています。2023年3月にリリースをしたメルコインにFIDOあるいはパスキーを導入しています。
【書き起こし】Credit Card Payment Security: adding 3D Secure SDK for Merpay iOS – Mikael LE GOFF 【Merpay Tech Fest 2022】
【書き起こし】メルカリグループの認証基盤における理想と現状、今後の取り組み – kokukuma 【Merpay Tech Fest 2022】
約2年半かけて、iOS Androidアプリケーションでも同じく、スクラッチから作ったアプリケーションに移行するプロジェクトを進めました。
今はすでにこの新しいバージョンを全てお客さまに提供できておりまして、コードベースもモダンかつコンパクトな状態です。今後は生産性が改善によって上がり、よりよい機能をより早くお客さまに提供できるようになっています。
リアーキテクチャした背景として、メルカリのアプリリリースから約10年近くの月日が経っております。アプリのアーキテクチャの潮流やUI/UXのフレームワーク、OSが提供する機能など、何もかもが大きく変わっています。
またメルカリはこの間に大小さまざまな機能がリリースされており、コードベースも膨大になってビルドやメンテナンスに大きなコストがかかっていました。モダンなフレームワークの導入や新たなデザインシステムの採用などに取り組んできましたし、最終的には生産性の観点からAndroidでもコード量を約半分の程度に減らすことができたということで、大きなメリットを得ることができました。
ほかにもさまざまなチャレンジをしていますので、詳細は他セッションをご覧ください。
【書き起こし】Merpay iOSのGroundUp Appへの移行 – kenmaz【Merpay & Mercoin Tech Fest 2023】
【書き起こし】Merpay iOSにおけるSwift Concurrency対応の挫折と今後 – Takeshi Sato【Merpay & Mercoin Tech Fest 2023】
技術的な観点では、独自の与信モデルも欠かせません。メルペイでは包括信用購入あっせん業者の認定を日本で初めて取得し、勤続年数や年収など、一般的な属性情報だけじゃなく、メルカリが持っているデータ、あるいはメルカリの行動実績に基づいて、信用を判断することができます。独自与信モデルはメルペイスマート払いやメルペイスマートマネー、メルカードなどのサービスで活用されています。
機械学習は不正対策だけではなく、このような独自与信モデルも使っています。詳細は、こちらのセッションをご覧ください。ITエンジニアとITリスクマネジメントのメンバーが密にコミュニケーションをとり、AIの危険性やリスク管理にどのように対応するかを解説します。
ここからは、これからの技術的な挑戦について簡単に説明します。
これまで説明したように、Fintech領域でおおむね土台となるサービスを実現してきました。「なめらかな社会を実現する」という意味では、大きな土台が出来上がりました。
大きく分けると、簡単で安全に利用できる決済システムや、メルカリでの行動に基づいたAI与信、簡単に本人確認ができるeKYCサービス、簡単に暗号資産を購入できるメルコイン、アプリで利用と管理が完結するクレジットカードサービスのメルカードなどがリリースされました。
しかし、これでFintechのテクノロジーが終わりではありません。今後もよりなめらかな世界を実現するためには、Fintechサービス外からでも活用できるようにプラットフォームの強化をしていく必要があります。
今後Fintechを解き放ち、より世界をなめらかにしていくためには、三つのポイントが重要だと考えています。一つ目はこれまで培ってきたFintechサービスを生かして、プラットフォームとしてFintech外でも活用されること。
Fintechは単体でも価値のあるものですが、同時にメルカリグループ内でも重要なプラットフォームになっています。今後はよりグループシナジーの強化につながるプラットフォームとしての機能強化や、APIの整備に力を入れる予定です。
二つ目はデータ基盤整備です。Fintech領域では、日々、膨大な決済情報が蓄積され、よりメルカリグループでのサービスのデータ連携を強化することで、お客さまにより価値が提供できると考えています。
しかし、データ量は増えていくと同時に、データをうまく活用するためにはデータの基盤の改善・変革が必要となってきます。情報のAccessibilityとMaintainabilityをより改善していき、安全なサービス開発、そしてグループ間でのデータ連携を実現していきたいです。
最後に、LLMの活用強化も重要です。これまでメルペイでは、不正検知やAI与信でLLMの活用を本格的に行ってきましたが、LLMの実用化によって、Fintech領域でのAIの活用はさらに進化を遂げると考えています。より安全かつ便利で、金融領域に詳しくないお客さまへの洗練されたサポートを実現し、よりなめらかな社会構築に貢献できるのではないかなと思っております。
グループシナジーの強化について簡単にご説明します。メルペイやメルコインでは、決済、与信、信用情報、暗号資産など会社にとって重要な機能や情報を持っています。
これらの機能や情報は、すでにメルカリグループ内で活用は進んでいます。しかし、より今後お客さまに便利でお得にサービスをご利用いただくためにも、メルカードのポイント還元であるロイヤルティプログラムでデータ活用をより促進していくためのデータ連携やAPI強化は重要になってきます。また、メルカリ内で行っているサービスなどにあわせた決算基盤を提供するとか、そういったことがグループ会社として今後重要になってきます。
メルカリではさまざまな新規事業も展開しておりまして、新規事業を実現する上でも、決済機能や与信機能、セキュリティ機能などを提供することによって、新規事業のサービス提供スピードがより向上して価値のあるサービス提供が可能になり、グループシナジーの強化につながると思っています。
また、具体的にはまだ進められていませんが、将来的にメルカリ外にも機能提供する基盤が整備されることによって、メルカリの金融サービスとしての価値向上や、世界の金融サービスの利便性向上にも貢献できるのではないかと考えています。
メルペイではメルカードをご利用いただいてるお客さまに、よりお得にサービスをご活用いただくためにポイント還元をするロイヤルティプログラムを提供しています。
これがデータ基盤にとても関わっており、現在もこのサービス自体は提供しています。提供を続けるには、日々お客さまの売買データを効率的に分析できるように基盤を整備していかなければいけません。
メルカリとのデータ連携を強化するためにも、中間データの整備やデータ構造自体の整備が今後重要になってきます。AIのためのトレーニングデータを作成し、包括的に管理する仕組みが重要になってきますし、特にLLMでは多くのテキスト情報とメタデータの付与が重要になるのでAIに特化したデータ構造や、データパイプラインの構築が今後重要になってきます。
同様にデータ利活用が進めば進むほど、データベースのインフラコストは増大します。
今後 AI活用が強化されている中で、世界中でもインフラコストの最適化は重要なトピックになっています。我々もサービス改善を目的として日々データの量は増加しているので、攻めと守りの姿勢を継続してインフラコスト最適化を進めていきたいです。
最後にLLM活用なんですけども、こちらもセッションが別にございますので、ぜひこちらで議論を見ていただけたら幸いです。
今回のイベントは、「Unleash Fintech」というテーマで、これからも世の中を便利にしてなめらかな社会を作り、多様な価値をめぐる新しい経済を作り、そして人々の可能性をより解き放つために、テクノロジーの力でまだまだできることがあるという強い気持ちを持って開催させていただくことになりました。
我々がこれまで培ってきたテクノロジーを公開することで、少しでも世界のFintechの進化に貢献できたら、とても嬉しく思います。
そして、これからも技術に謙虚な反省を忘れず、時には大胆に、時には冷静に世の中をよくするために自信を持った技術を使っていきたいという気持ちがあります。
以上です。ご清聴ありがとうございました。