こんにちは。メルペイ Payment & Customer Platform Manager of Managers の@abcdefujiです。
この記事は、Merpay & Mercoin Tech Openness Month 2025 の19日目の記事です。
要旨
2024年末から2025年6月の半年間で、メルカリではAIツールの導入において劇的な変化を遂げました。数十名から始まったパイロットプロジェクトが、わずか4ヶ月で1,100アカウントを超える全社規模の導入に成功しました。エンジニアの9割以上がAIコーディングアシストを活用する組織へと変貌しています。
この記事では、エンジニアリングマネージャーの視点から、組織変革の成功要因を分析し、技術負債解消への新しいアプローチや個人の開発体験の変化について紹介します。特に、トップダウンのビジョン、ボトムアップの自発性、環境整備、そして可視化による推進力の4つの要素がどのように組み合わさって変革を実現したかを詳しく解説します。
始まりは一つのリクエストから
2024年末の状況
全ての始まりは、同僚からの「Cursorを使ってみたいのですが、導入可能でしょうか?」というシンプルなリクエストでした。
当時のメルカリには、既にAI Code AssistsツールとしてGitHub Copilotが導入されていましたが、実際の利用状況は以下の通りでした:
- 一部のアーリーアダプターである数十名〜100名(weekly active user)規模で利用されている
- しかし、多くのエンジニアが「まだ使うには早い」と感じている状況
- 高度なコンテキスト理解が不十分で、単一ファイルや行単位の修正提案が主流
- プロジェクト全体を理解した提案には至らず、AIアウトプットの質がプロダクション開発に適応できていない状況
正直、私自身もGithub Copilotを使っていましたが、開発の現場で本格的にAIを活用するレベルには程遠いと感じていました。
転換点:2025年2月の承認
Cursorは2024/04〜07頃に一度検討されましたが、当時は導入の判断には至りませんでした。
しかし、2025年2月、会社として本格的なAI導入の承認が下りました。数十名のパイロットプロジェクトとしてCursor導入がスタートしました。
初めてCursorを触った時の感動は今でも鮮明に覚えています。特に印象的だったのは、Cursorの「コードのインデックス化」機能でした:
- プロジェクト全体のコンテキスト理解
- 既存のパターンを学習した文脈に沿った提案
- 大規模リポジトリでのコード理解スピードの向上
まだ数万行を超える巨大なリポジトリでは不安定さや上手く機能しない場面もありましたが、主にオンボーディングの側面でスピードが爆速になりました。マネージャーである自分はコードへのコミット機会が減りつつありましたが、Cursorを使ってどの機能がどのように実装されているか非常に容易に特定できるようになりました。
爆発的普及の4ヶ月間
驚異的な成長
2月から6月現在までの数字を見ると、その変化の大きさが分かります:
(図: Cursor Usage Summary)
- アカウント数:数十名 → 1,100アカウント超
- エンジニア利用率:9割以上が何らかのAIコーディングアシストを活用(Cursor以外にもJetBrains AI、Google Code Assist、Claude Codeなど)
- 普及範囲:エンジニアからPdM、デザイナーまで拡大
社内の熱量の変化
数字以上に驚いたのは「熱量」でした。3月から5月の間、社内で起こっていたことは以下の通りです:
- 毎週複数のAI関連イベントが社内で開催
- 一つのイベントに100名以上の参加者がいるケースも
- エンジニアだけではなく、PdMなどの別職種への広がり
社内のオフライン、Slack上で聞こえる会話がAI一色に染まっていきました。
(図: 社内AI開発支援ツールについて語ろう企画)
「隣のチームでCursorの勉強会やるらしい」
「今度MCPについて話すイベントやります」
「AIで○○を楽にしました」
エンジニアから始まった波は、さまざまな職種の人たちにも広がっていきました。マネージャーとして、この自発的な学習意欲の高まりを目の当たりにできたのは本当に感動的でした。
成功の4つの要因
この爆発的な普及を振り返ると、4つの要因が絶妙に組み合わさっていたことが分かります。
1. トップダウンの明確な意志
経営層からの「AIを活用していく」というメッセージは、単なる推奨ではありませんでした。会社の未来への投資であり、明確なビジョンの表明でした。トップが本気だからこそ、現場も本気になれる。その土台があったからこそ、後に続く変化が可能になったのです。
そしてそれを推進するリーダーがいました。私はCursor導入を担当しましたが、Cursorだけではなく、エンジニア職種を超えて生成AIを導入する非常に強いリーダーシップが社内にモメンタムを生み出しました。
2. ボトムアップの自発的な情熱
トップダウンが生み出したモメンタムをさらに加速・継続させたのは「Move Fastな人たち」の存在でした。通常、組織変革では推進役を各チームに配置し、計画を立て、ロードマップを作成しますが、今回のCursorに関しては以下のような声が、あちこちから自然発生的に生まれました:
例として
アーリーアダプターがいる。挑戦する文化がある。そして何より、学んだことを共有したがる人たちがいたことにより推進が大きく加速しました。
3. 環境の整備
このモメンタムの維持には環境整備を支えてくれたチームも大きな要因です。CursorだけではなくさまざまなAIツールが登場し、社内で利用したい声が多く上がりました。Cursorもここまでの人数規模が利用できる状態にするために社内のプロセス整備が行われました。ワンボタンでアカウント申請できる仕組みや、新規ツール導入時のセキュリティレビュー・予算レビューなどのさまざまなプロセスを、一体となって環境整備をしてくれました。
Cursorにおいては、Slackから簡単にアカウント発行までできるように調整していただきました。
(図: Cursorアカウント発行アナウンスメッセージ)
4. 可視化という触媒
最後の要素は、「ダッシュボード」による可視化です。
(図: Cursor Dashboardn)
(図: Devin Dashboard)
CursorをはじめDevin、Claude Code with LiteLLM、GitHub Copilotのダッシュボードを用意し、チームがどのくらいAIを使っているかを可視化しました。これにより、使いこなしているチームとまだ利用頻度が高くないチームを把握し、それぞれの背景を深掘りしていくことで、さらなる浸透のためのアクション定義につなげました。
可視化による競争ではなく、「触発」が生まれました。同僚の活用方法を見て学び、自分なりの使い方を発見する。そんなポジティブなサイクルが会社全体に広がりました。
チームレベルの開発における変革
ここからは組織ではなく1チームの開発状況の変化に関して話します。
技術負債への新しいアプローチ
AIの導入が進む中で、私たちのチームに予想外の変化が起こりました。
私たちPayment & Customer Platformチームは、リリースから6年以上が経つシステムです。6年間、さまざまなプロダクトチームからの要求に応え、機能を追加し、時には妥協しながら成長を続けてきました。その結果、技術負債が蓄積されていました:
従来の課題:
- yak shaving状態:積み重なった実装・複雑な仕様により、一つの小さな改善に大きなコストが伴う課題
- 改善系のタスクの優先度が低く、時間が確保できず放置された課題
AI(Cursor / Claude Code)による変革:
- 大規模な内部リファクタリング・リアーキテクチャのような優先度が低く設定されやすいタスクの解消スピードが向上
- ルール・コンテキストの共有による一貫性のある修正が可能
これまで「いつかやろう」で終わってしまいがちだった大規模な改修プロジェクトに、以前よりも継続的かつ素早く技術負債解消できる可能性が出てきたと感じています。
今後への展望
- さらなる活用領域の拡大 – 開発だけではなく、開発プロセス全体でAIを活用していく仕組み作り(One Person, One Release)
PMもEngineerも壁を越えていきます。一人の人が企画から開発、QA、リリースまで一気通貫で出来ることを目指します。
技術の壁を越え、ドメイン知識を越え、役割を越えて行くためのAIの活用とし、それらを使い熟すのです。
- 標準化 – 個人やチームの知見や開発手法の横展開していく仕組みづくり
例えば、CLAUDE.mdをどのように作成し、どのようなルールを記載しているか、どのようにドメインを表現しているか、チームによって独自に進化が進んでいます。それぞれのチームがAIによってさらなる生産性を得るために、導入や利用のプロセス自体の標準化を行いたいと考えています。
このAIトレンドのスピードの中で、さまざまな手法が即座に古くなっていくと思います。古くなったものを即座に捨て去る覚悟を持ちつつ、AIを活用し生産性を向上させていく未来への道のりを作り始めています。
まとめ
この半年間で、メルカリはAIツールの導入において以下を実現しました:
- 組織的な成功:1,100アカウントを超えるユーザーへのCursor導入
- 文化的な成功:自発的な学習・普及文化の醸成
成功の鍵は、トップダウンのビジョン、ボトムアップの自発性、環境整備、そして可視化による推進力の組み合わせにありました。AI時代の組織変革において、技術導入だけでなく、文化と人の変革が重要であることを改めて実感しています。
最後に
この目まぐるしい変化に楽しく向き合えているのは、周りの同僚たちの存在です。
毎日のように新しいツール、開発体制、ユースケースなどのインプットとアウトプットする機会に溢れており、AI関連の情報交換は純粋に楽しく刺激的でした。この「集合知」でAIに対して前向きに挑めています。
以上、ありがとうございました。
明日の記事は cyanさんです。引き続きお楽しみください。