メルペイCTOと考える新しい経済学とエンジニアリング

12月1日にhidekさんの記事から始まったメルペイアドベントカレンダーも今日で最後です。締めくくりを私(@sowawa)が務めさせていただきます。私からはメルカリやメルペイの振り返りと「新しい経済学とエンジニアリング」の話をしたいと思います。

はじめに

2019年は兎にも角にも「メルペイのリリース」の年でした。2017年ごろからメルカリの決済基盤をマイクロサービスで作り直していき、メルペイの会社の設立を経て今年2月のリリースに至りました。最初のリリース後もまさに五月雨のようなリリースを五月雨が降る5月、6月まで積み上げていきました。リリースを積み重ねながら改善やキャンペーンが始まり、気づいたら12月を迎えていました。

ベスト・オブ 2019

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表彰された時の様子

今年の最後にやってきたハイライトは、メルカリがGoogle Playのベスト・オブ2019に選ばれたことです。メルカリ・メルペイを使ってくださったお客様、加盟店様、パートナー様のおかげで賞をいただくことができました。使ってくださるお客様がいてこそのプロダクトなのでこれからも良いプロダクトをお客様に届けていきたいです。

メルペイを作り上げるためには加盟店様やパートナー様の協力なしでは到底なし得ることはできません。プロダクトの裏にはたくさんの方々の協力があり、それらに支えられて私達はリリースを迎えることができました。メルペイはメルカリが作ってきたフリマアプリを拡張するものだとすると、これまでメルカリを作り上げてきた人たちがいたからこそメルペイを世に送り出すことができました。

そして最後に、一緒にメルペイを作ってきてくれたみんなの力があったから新しい価値を生み出すマーケットプレイスが二次流通と一次流通を接続した新しい一歩を踏み出すことができました。

私達が作りたい世界はまだ完成していません。これからもたくさんの人に使われるプロダクトを作っていきましょう。

社外でも活躍するエンジニアのみなさん

プロダクトとしてのメルペイの活躍の裏にはメルペイのエンジニアの活躍があります。ここでは、社外で賞やアワードを頂いたメルペイ エンジニアをご紹介します。

上記、賞やアワードを貰った方をピックアップしましたが、メルペイのエンジニアは日々社外でのアウトプット活動を行っています。活動の幅は広く、国内外でのイベント登壇や商業誌への寄稿など、地域や媒体の枠を超えています。プロダクトが賞をいただくことも嬉しいですが、一緒に働いてくれているメルペイのエンジニアが社外でも活躍しているのは嬉しい限りです。

流行語大賞?@メルペイエンジニアリング 2019

注: 私が個人的に選んだ非公式のものです。
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外からみたベスト・オブの話の次は私からみたメルペイのベスト・オブの話です。今年のメルペイを象徴する言葉はと聞かれたら「冪等性」ではないかと私は思っています。ここでいう「冪等性」とは、複数回同じ操作を行っても同じ結果を返すことです。数学的な定義も大切なのでぜひこれを機会に調べてみてくださいね。メルペイにおける冪等性については先日 Tech Talk で話したので、そのレポートを見てもらうと良いかもしれません。

なぜそんなにも冪等性が大事かというと決済における二重支払を防ぐためです。決済システムを作る上で絶対に必要な原則の一つであると私は答えます。みんなが大好きなビットコインも二重支払を防ぐことを念頭に作られたことからもこれが如何に重要なことかを理解できると思います。

加えてマイクロサービスアーキテクチャを採用しているメルペイにおいて冪等性を確保できなければ、サービス間の不整合は避けることができず、そして生じた不整合を修復することも困難になることは想像に難くないでしょう。クライアントと呼ばれるものはiOSやAndroidだけではなく、様々なクライアントからの応答を冪等にしなければなりません。
冪等性はメルペイをリリースした今年だけ大事なものではないので、流行語と呼ぶのは相応しくないでしょう。「冪等性」はメルペイの最重要キーワードの一つだと考えています。

ですので、本当に2019年のメルペイ流行語っぽいのは「窯問題」のほうかもしれませんね。

さて閑話休題ということで本題に進みましょう。

AIとその解釈性

前日の24日は解釈性の話がメルペイのアドベントカレンダーに投稿されました。実はこの解釈性というのは、私も初めて対峙するテーマでした。解釈性そのもの解説は、yuhiさんが投稿した24日の記事に譲りますが、バズワードになるくらいAIや機械学習が叫ばれている中で、それらを社会で活用していくために必要なテーマだと私も考えています。

私達は「信用を創造してなめらかな社会を創る」というミッションを掲げいてます。解釈性を議論していく中でこのミッションを作った背景がいよいよ重要になってきたなと感じています。AIや機械学習が強力なツールとしてソフトウェアやシステムの裏側を支える一方で、それらがもたらす結果について無責任でいることはできません。性能や結果を常に評価・説明しながら一人ひとりの持つ可能性を見出し、少しでもやりたいことを叶えられるようなデザインが求められています。

解釈性の話の中で登場したシャープレイ値(shapley value)は、ロイド・シャープレー(Lloyd Shapley)がゲーム理論の中で協力によって得られるインセンティブの分配に導入したことにちなんで名付けられたそうです。24日の記事の中でも「協力ゲームにおける各プレイヤーの貢献度の期待値のこと」と説明されています。次はロイド・シャープレーらが考えたGale-Shapleyアルゴリズムの話をしましょう。

Gale-Shapley アルゴリズム

このアルゴリズムの話をする日がクリスマスだというのはおあつらえむきの日ですね。それはGale-Shapleyアルゴリズムが安定結婚問題と呼ばれる有名な問題だからです。デイヴィッド・ゲール(David Gale)とシャープレーによって1962年に「大学入学と結婚の安定性」という不思議なタイトルの論文が発表されています。そこに登場したアルゴリズムがGale-Shapleyアルゴリズムです。アルゴリズム自体の解説はGoogleで検索すればいくらでも出てくるのでここではしません。このアルゴリズムの面白さは様々な応用が考えられることです。例えば、シャープレーらは住宅市場に適用したモデルを作って1974年に発表しています。他にも研修医のマッチングや寮の部屋替え、腎移植など様々な利用方法が考えられています。ゲールは1980年にフォン・ノイマン賞を、シャープレーは2012年にノーベル経済学賞を受賞しています。

さらに注目すべき点はアルゴリズム自体が提案されたのはかなり昔のことでありながら、その後かなりの時間が経ってからその有用性に注目が集まっていることです。このアルゴリズムが発見された当時はその有用性にゲールも含めてまだ誰も気づいていませんでした。これを読んでいるあなたの考えているアルゴリズムも将来もしかすると思いも寄らないところで活用されているかもしれませんよ。

Who Gets What and Why

「誰が何をどのようにしてなぜ手に入れるのか」という問はとても難しい問です。この問を解明しようとしているのがシャープレーと共に2012年にノーベル賞を受賞したアルヴィン・ロス(Alvin Roth)です。ロスによる「Who Gets What and Why」は、Gale-Shapleyアルゴリズムを応用しマッチングによって問題を解決しようとする新しい経済学の入門書です。「マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学」という副題がつけられています。

伝統的な経済学では、市場の需要と供給によって価格が決められるということをもって様々な取引を説明してきました。しかし、現実にはリソースの分配や配分、割当を価格で調整できないものもあります。先述の腎移植はその代表例です。価格が決まる場所を市場(マーケット)と私達は呼んでいますが、「人々が必要なものを交換したり手に入れる場」も広い意味では市場、マッチング市場です。またロスたちは、現実の経済や市場を理解することに留まらず、さらに一歩踏み込んでこれらの市場や社会制度を人々にとってより良いものにデザインしようというのです。

マーケットデザインとエンジニアリング

腎移植、研修医のマッチング、学校と生徒のマッチングなど様々な社会問題をアルゴリズムによって解決しようというマーケットデザインの視点は、ある意味でエンジニアリング的だと私は感じています。現にロスはWho Gets Whatの中で、「ものごとをよりよく機能させる責務を担うエンジニアとマーケットデザイナーになろう」と言っています。

なぜ今、マーケットデザインという分野が確立され、そしてこれほどまでに大きな影響を持つようになったのでしょうか?それはこれまで数学のパズルのようだったアルゴリズムが実際の社会の中で活用できることが示されたからです。そして、コンピュータやインターネットが発展しスマートフォンが登場したことで、マーケットデザインの応用は、きっとさらに広がっていくのではないかと私は考えています。

知識や情報といった複製が容易で価格もつけられていない価値がインターネットを通じて次々に交換されています。伝統的な経済学や貨幣ではこれらを扱うことは難しいかもしれませんが、マーケットデザインやブロックチェーンのようなものが価値の交換をもっとなめらかなものにしてくれるのかもしれません。

まとめ

シャープレイ値の話から始まり、マーケットデザインの話までたどり着きましたが、一体何を伝えたかったんだと思われていると思います。私達がシャープレイ値を使ってAIや機械学習のもたらす結果を説明しようとする試みは、より良いデザインへの一歩だと考えています。シャープレイ値を直接プロダクトやサービスに組み込むことは、まさにマーケットデザインの考え方を取り込むことになり結果としてより良く機能するサービスをお客様に提供できる可能性があります。

メルカリが生み出した新たな価値をどこでも使えるようにし、信用を創造することでマーケットプレイスをよりよく機能させる第一歩を踏み出しました。これはマーケットデザインの始まりともいえると思います。ただ冒頭で述べたように私達が作りたい世界はまだ完成していません。ロスの言うように私達もエンジニアやマーケットデザイナーとしてメルカリ・メルペイをよりよく機能させることで、これからも新たな価値を生み出し、なめらかな社会を作っていきたいと思っています。

この記事を読んでからもう一度、24日の記事を読み直してみてください。あなたがデザインする世界のshapley valueの持つ意味をぜひ考えてください。

あとがき

テクノロジーやアルゴリズムが経済学を進化させたように、新しい経済学の考え方を取り入れることは問題の解決に有効であることはすでに述べたとおりです。ティム・オライリーもWTF経済でAIやアルゴリズムなどのテクノロジーが作り出す経済を題材として取り扱っています。テクノロジー産業が世界に与える影響は以前とは比べ物にならないほど大きく、経済にも大きな影響を与えています。相互に影響を受けながらテクノロジーと経済学の双方が発展しいていく未来がすごく楽しみです。その未来に私達も貢献できるといいなと思っています。

さて、この記事で、2019年の メルペイアドベントカレンダーは終了です。
他の記事で読んで良かったと思った記事にはぜひコメントしてください。執筆したエンジニアも嬉しいと思いますので、宜しくお願いします。それではみなさん、良いお年を!
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あとがきのあとがき

コンピュータ・サイエンスと経済学に感じたアナロジーの正体

私がC2Cに興味を持ち出した大学院に通っていたころによく聞かれたことに、どうしてコンピュータやプログラミングと関係のない社会や経済に興味があるのかと質問をされたり、不思議がられることがありました。私はそれらがなんとなく似た問題で最適な答えをプログラミングで求めるアプローチによって同じように解決できるんじゃないか、といったアナロジーのようなものじゃないかと答えていました。私達が普段使っているコンピュータのアーキテクチャはフォン・ノイマンによって考案されたノイマン型コンピュータです。そのフォン・ノイマンがゲーム理論を作り、それを経済学に応用したことで経済学にゲーム理論がもちいられるようになりました。アナロジーというよりは、そもそも同じルーツをもっているので遠縁の親戚のようなものであっただけなのでしょう。

なめらかな社会とその敵

気づいている方もいると思いますが、「信用を創造してなめらかな社会を創る」というミッションは、今年の6月までメルカリの社外取締役だった鈴木健さんの「なめらかな社会とその敵」という書籍のタイトルから考えられたものです。なめらかな社会とその敵の中でも、他者との間にある貢献度から導かれる伝搬通貨「PICSY」が、ソーシャルグラフ上でPageRank的な概念を導入することによって提案されています。私達のミッションにはマーケットプレイスが生み出す信用をデザインすることで社会を一歩前進させる思いを込めました。また今年は「なめらかな世界とその敵」というSF小説も出版されました。こちらは短編SF集になっているのですが、表題作は多元的な世界として表現されていて驚かされました。

1日目の記事を書いたVPoEへ

冒頭で触れたhidekさんの記事は反省がすごく多い。VPoEの反省にあふれる一年の原因は、99%たぶんCTOである私の無茶な考えが原因だと思うので私も反省するしかない!

参考文献

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